小林 伸也:尾山台小同級生  (敬称略)

市井の声に耳を傾けるはんのじ

プロローグ
あえて「はんのじ」と呼ばせてもらいたい。小学校時代の浅野目義英さんのあだ名だ。
子供の頃は線が細く、背も低かったはんのじだが、人を笑わせることが好きなのと、雑学をよく知っている風変わりな子供だったと記憶している。
子供の頃はよく遊んだはんのじだったが、大人になって再会した時は、教員の後、故郷上尾・原市で塾をやっている頃だった。
そこで政治に並々ならぬ意欲を感じた。 上尾市議を経て、埼玉県議へ。

 

あまり連絡も取らなくなった頃、県立高の統廃合で、私の母校である埼玉県立上尾東高校の廃校を知った。私は一期生で入学したのだが、生きている間に、そんな短期間で母校がなくなることは衝撃だった。

 

「何もかも無くなったちゃうんだなあ」と思った時、校歌のことを思い出した。谷川俊太郎作詞、林光作曲。当時、音楽の時間に何度も練習したが、全く校歌らしくない。「富士を仰ぎ」「〇〇川の清流に」「××薫る」や「学舎(まなびや)」等の言葉が出てこない。唯一2番に「学ぶ三年(みとせ)に」という言葉がある。また曲もきっちりした4拍子でもない。自慢出来るとてもステキな曲だった。
「そんな曲も永久に封印なんだな」と思い、Facebookにそんな事を書き込んだ。

 

すると、はんのじから久しぶりにメッセージが来た。「県立校の校歌は県の財産だし、素晴らしい作家による作品たちを埋もれさせるわけにはいかないと思う。ちょっと検討させてくれ」というものだった。
次に来たメッセージは「県議会で廃校の校歌を財産として残す事を提案する」というものだった。
当日、議会中継を見た。はんのじが質問台に立ち、上田知事(当時)がはんのじの意見に賛同して「県として残して、図書館で貸し出す」事まで約束していた。

 

小学校の同級生の言葉に真摯に耳を傾けて、本気で対応してくれたはんのじ。
嬉しかった。泣けた。
あの時のお礼の言葉を改めて伝えたい。

「既存の政治家は嫌い。だけど政治屋にならないはんのじは大好き!本当にありがとう!

 

エピローグ
「はんのじ」というのは子供の頃やっていた「素浪人月影兵庫」という時代劇ドラマの出演者の1人だ。(「焼津の半次」略して「半の字」)脇役だが町の声に耳を傾ける場面が多かった。
正に、市井の人に目を向けるはんのじの政治姿勢を表しているような気がしている。