1 上田知事の政治姿勢について

 - 全国知事会長に就任し、さらなるリーダーシップの発揮を - 知事

2 全国で歌われている「旅立ちの日に」を作詞された、故・小嶋登先生の功績を称え顕彰しよう 知事 教育長

3 ものづくりの技術を伝えていくために 知事

 (1) 技能五輪全国大会出場選手への支援について

 (2) 技能五輪全国大会の埼玉県への誘致について

4 アスベスト対策について 環境部長

5 社会福祉事業団における非常勤職員について 福祉部長

6 県有財産の有効活用について 総務部長

 (1) 浦和区内の県有施設廃止後の地元利用について

 (2) 県庁舎敷地の地元利用について

四十四番(浅野目義英議員) 四十四番、民主党・無所属の会の浅野目でございます。

 昨日、東京マラソンで川内優輝さんが三位に入賞されました。プロランナーではなく、県立春日部高校の職員さん、働きながら練習してきた彼が世界を相手に大奮闘し、三位入賞、世界選手権代表入りを決めました。胸に「埼玉」の文字をつけながら、ただひた走り、栄冠を勝ち取ったことに、県民は大きな誇りを持ったに違いありません。努力の大切さ、情熱の大切さを、県会議員の一人として私も肝に銘じ、議長からの許可をいただきましたので、発言通告に従い、質問させていただきます。

 最初に、上田知事の政治姿勢について、知事会長に就任をし、さらなるリーダーシップの発揮をについてでございます。

 上田知事は、平成十八年十一月、全国知事会の公共調達に関するプロジェクトチーム座長就任、平成二十一年五月、地方分権改革推進本部の決定により人材調整準備本部委員就任、平成二十一年十一月、全国知事会の国の出先機関原則廃止プロジェクトチームリーダー就任。この前後、首都圏連合を積極的に働き掛けるなど、ポスト都道府県時代を視野に入れる行動をされています。そして何といっても、現在、内閣府の地域主権戦略会議のメンバーの任を与えられ、遺憾なくその力を発揮しています。上田知事は、埼玉県のリーダーにとどまらず、今や日本の現状の政治情勢、未来の政治展望にとり、確実に必要不可欠な人物になっています。

 県ホームページの中の「知事の部屋」には、「埼玉から政策発信」というコンテンツがあります。知事はこの中で、「課題が山積し明るい展望を描きにくくなっている今の日本。黙ってこのまま手をこまねいているわけにはいきません。そのために私は、埼玉県政で培った政策を公開、情報発信して全国の自治体にそれを利用してほしいと考えています。」、「私は、全国にアピールできる取組を次々に実行。その成果を積極的に情報発信することで日本を変える源動力になりたいと考えています。」と述べていらっしゃいます。このことは、県の広報紙彩の国だよりでも、知事自身の私的な後援会組織、清友会発行の上田きよしレポートでも幾度となく熱心に語られています。「埼玉モデルを全国に発信する」、「埼玉から日本を変える」という頻出するセンテンスからは、地方の、つまり埼玉県の成功体験こそ日本再生の道であるとした並々ならぬ決意をうかがい知ることができます。また、県庁内では、地域主権確立に向けて戦略を発信するための体制を強化し、皆さん御存じのとおり、企画財政部企画総務課に四人の地域主権担当職員を置いています。

 地方六団体の一つである全国知事会。現在、会長である麻生渡福岡県知事が四月二十二日に任期満了を迎えようとしています。後、彼に「埼玉の知事は全国知事会に一番熱心」と言わしめています。マスコミから、「前・橋本埼玉県副知事の全国知事会事務総長着任は、三十六年ぶり。官僚出身者ではなく地方公務員を起用、極めて異例」と報道されましたが、私が先兵として行ってきますと言わんばかりの就任。上田知事が、我が国に希望ある政治を断行する最もインパクトのある方法は、三期目当選をにらまれるのでしょうが、閣内に入り政府の人間になるか、全国知事会を会長としてけん引していくか、そのどちらかではないでしょうか。全国知事会長は歴代官僚が多く、事務総長もずっと官僚。忘れていた政治を知事会で果たしてくれる期待感もあります。

 一週間前の二月定例埼玉県議会開会日、知事は提案説明要旨の中で、「日本再生をリードしていくと気概を持って県政運営に取り組んでまいります」と言い切りました。一昨日の二月二十六日にも全国知事会は開かれており、次期会長選挙の日程も話し合われました。上田知事の政治姿勢としての全国知事会会長就任の意思を、知事に答弁をしていただきたく思います。知事です。

 次に、全国で歌われている「旅立ちの日に」を作詞された、故・小嶋登先生の功績を称え顕彰しようです。

 「旅立ちの日に」という歌を御存じでしょうか。二十年前の平成三年に、埼玉県秩父市立影森中学校の校長先生によって作詞された合唱曲です。この歌は、近年では卒業式ソングの定番としてとても有名です。平成十九年には、NTT東日本フレッツ光のテレビCM曲としてSMAPが歌いました。平成二十一年には、東京ディズニーシーのCMソングとしても使われています。ですから、「白い光の中に」で始まるこの歌を聞き覚えのある人は多いと思います。

 しかし、何といっても、先ほど申し上げましたが、卒業式の歌として余りにも有名。テレビ局が全国三百校を調査した「卒業式に歌う歌は」によれば、「仰げば尊し」が五十八校で、「大地讃頌」が五十八校で、「蛍の光」が五十一校で、そしてこの「旅立ちの日に」が百六十一校で歌われており、断トツの一番。今、最も広く歌われています。全国の六割の学校で歌われていることになるのです。

 また、これは全国の中学生が使用している音楽の教科書です。音楽の教科書として発行しているのは、全国で教育芸術社と教育出版の二社だけですが、いずれの教科書にもこの「旅立ちの日に」が掲載されています。埼玉県内の全ての中学生、いや、全国の全ての中学生がこの歌を第二学年から第三学年において学んでいるということになります。

 この歌が誕生した影森中学校は、当時の日本の少なくない学校がそうであったように困難校であったようです。小嶋先生は、「赴任したときに聴いた生徒の歌う校歌は、余りにも声が小さかった」と、後日、本の中で述べられています。様々な問題を抱え、卒業式自体も生徒がきちんと参加しないような状況で、かなり荒れた学校だったようです。

 しかし、この学校の立て直しに音楽の力を信じたのが小嶋先生でした。教育目標に「歌声の響く学校」を掲げ、著名な詩人でもプロの作詞家でもない、当時の校長であった小嶋登先生が作詞されました。この歌の初演は三年生を送る会、この会で教職員たちから卒業生に向けて、心を込めて、たった一度だけ歌われるサプライズ曲のはずだったそうです。一番は小嶋先生が一人で、二番は教師全員が歌いました。生徒はどんなに驚いたことでしょうか。しかし、生徒の歌声も加わり、学校全体が「旅立ちの日に」で包まれたそうです。中には、泣きながら歌っていた生徒もいたといいます。小嶋先生は、混乱し萎縮した教育現場においても音楽の力は何かを変える、とんでもない力を秘めていることを知っていたのです。小嶋先生の思いに脱帽せざるを得ません。

 自ら一人で卒業生に優しい声で歌った当時の小嶋先生の姿が、ユーチューブにもアップされています。私も見ましたが、見ていると、本当に先生が子供たちを大切に愛していたのかがよく分かります。この歌に生徒が強く感動し、生徒がまとまり、学校がまとまっていきました。三年生を送る会だけに歌われる予定だった歌が、翌年から生徒たちが歌うようになりました。そして、今度は生徒から生徒へ代々歌い継がれていきました。そしてまた、影森中学校だけの歌だったのに、同校にとどまらず周辺の学校に伝わり、そのうち地域を越えて、平成十年頃までには全国の学校で歌われるようになったのです。知事のよく使っていらっしゃる言葉を借りるなら、正にムーブメントを起こしたわけです。

 しかし、今年の一月二十日、その小嶋登先生が急性心筋梗塞により天界に去られました。八十歳でございました。亡くなられた三週間後の二月十二日放送の「題名のない音楽会」では、時節柄だからか、卒業式の定番曲ベストテンが放映されました。生前に録画されていたからでしょうか、小嶋さんは一月二十日に御逝去されました旨の字幕スーパーが流されていましたが、「旅立ちの日に」の作詞家の小嶋先生が出演をされていました。

 秩父市は、功績を称え、作詞作曲した先生方二人に、ふるさと文化賞を贈っていらっしゃいます。小嶋先生が天界に去られてから一か月余りがたちました。しかし、なぜでしょう、埼玉県にも県教育委員会にも先生の偉大な功績を称え顕彰する動きがありません。そんな矢先、政府は二月十五日の閣議で、陛下の名前で従六位瑞宝双光章を贈ることを決めました。しかし、それでも埼玉県も県教育委員会にも全く動きがありません。私はとても残念なことだと思っています。小嶋先生の功績は無視されてよいのでしょうか。良いはずはないと思います。是非、小嶋先生の遺徳と偉業を顕彰していただきたい。知事と教育長から答弁ください。

 三点目、ものづくりの技術を伝えていくためにでございます。

 昨年十月末に、ものつくり大学で開催された人づくり・ものづくりフェア二〇一〇の開会式で、上田知事はこんな挨拶をされました。「日本がこれまで幾多の困難な状況を乗り越えて大きな経済発展を遂げてきたのは、ものづくりの伝統があったからです。日本が今後とも成長していくためには、ものづくりの技術と技能を継承し、中でも優れた技術を持つ人材を育成していくことが大きな鍵です」、知事の言うとおり、ものづくりの技とそれを支えていく人材の育成は、全ての産業の根幹をなすものと断言できます。

 技能五輪全国大会を御存じでしょうか。この大会は、二十三歳以下の青年技能者の技能レベルの日本一を競う競技大会です。精密機器組立て、機械製図、旋盤、電気溶接、タイル張り、左官、建具、フラワー装飾、美容、理容、造園、和裁、日本料理、アニメーター、ウェブデザインなど、実に多種多様な四十五職種の技能レベルを青年たちが競う国内最高峰の大会です。昨年、四日間にわたり神奈川県でこの大会が開催されました。埼玉県選手団は、金賞の二職種二人をはじめとして、銀賞四人、銅賞五人など十九人が入賞しています。埼玉県からの全参加者の三八パーセントが入賞するという驚異的な成績でもございました。埼玉県民として、見事な成果で全く誇らしいと思います。

 せんだって、埼玉県職業能力開発協会と埼玉県技能士会連合会の会長が知事に二十三年度予算に対する要望を行いました。その折、菰田職業能力開発協会会長から、この技能五輪全国大会の県開催誘致、招致についてお願いがあり、上田知事は、「大変良いことと思う。実現したい」と力強く返事をしたと聞いております。そこで、二点についてお聞きします。

 まず一点目、この全国大会出場選手拡大のための支援策の充実です。多くの選手を技能五輪全国大会に派遣することは、技能尊重の気運の醸成、若年者への技能継承、若年技能者の人材育成など、多くの効果が期待されます。ものづくり埼玉を強力に推し進めるために、誠に有効な手段と考えます。県が定めた産業人材育成プログラムの目標である、平成二十三年度は派遣目標八十人を達成するために関係機関と連携して努力をされているようです。しかしながら、現下の経済情勢等から五十人程度の派遣にとどまってしまっている状況があるようです。技能五輪全国大会の出場選手の拡大を図るための支援策の充実を検討できないか、答弁ください。

 さらに二点目、同大会の埼玉県開催は、ものづくり埼玉を強力に推し進める有力な手段と考えます。是非とも実現ができないか、上田知事のリーダーシップの下、開催が実現できないか、知事のお考えを答弁ください。

 四点目、アスベスト対策についてでございます。

 二十一年十二月定例県議会で、浦和青年の家跡地に敷き詰められたアスベスト含有建材混入のアスベスト混入の再生砕石の問題について、私は、なぜもっと早く発見できなかったのかという質問をしました。これに対して村田総務部長さんは、「原因究明に至らない」と答弁しました。また、星野環境部長さんは、「これまで調査したが、原因究明につながる情報は得ていない。立入検査もしたが、アスベストを含む建材が混入している状況を確認できなかった」と答弁しました。残念ながら埼玉県は、このアスベスト問題はまれな例、一部の問題と認識していた節があります。私は、答弁というものは大切であり、おろそかにできないものだと改めて思っています。

 見つからない、分からない、究明に至らないと言い続けていたのに、部長答弁からわずか九か月後の二十二年九月、埼玉県で実施をした再生砕石製造事業所への立入検査では、十三事業所から再生砕石の保管場所にアスベスト含有建材が確認されました。これが、アスベストが発見され、立入検査結果を示し、また混入防止を求めた文書です。埼玉県中央環境管理事務所長名で出されています。

 アスベスト含有建材の再生砕石の混入について、石原東京都知事は「けしからんことだ。そこつというか、ずさんというか、あってはならないこと」とかんかんに述べた様子が新聞でも伝えられています。その後の東京都の同様の調査でも、三事業所でアスベスト含有建材が確認をされました。県に発見する能力が当時は乏しかったのです。もはや町中に敷き詰められている再生砕石には、どこでも混入していて、野ざらしになっているという認識の方がよいのではないでしょうか。また、現場はアスベスト含有建材がごろごろしていると認識した方がよいのではないでしょうか。

 発見できない、究明に至らないとした当時の認識から、一区切りがついたと思います。「アスベストを含む可能性のある民間建築物の年度別解体棟数」なる国土交通省の資料があります。それによれば、平成三十年には約六万棟の解体、ピークの平成四十年には約十万棟の解体が見込まれています。これは今後五十年続くようです。昭和四十年頃からアスベストは建材として盛んに使われてきたわけですから、当然といえば当然と言えます。これからますますアスベストの問題は本腰を入れなければならないはずです。

 一点目、改めて再生砕石へのアスベスト含有建材混入問題の原因について、県環境部長の認識を示してください。

 二点目、また、アスベスト混入再生砕石撤去の指針などがありますか。なければ、大急ぎでつくらなければいけないと思いますが、これも答弁ください。

 三点目、テレビで放映されているニュージーランドの大災害を見るまでもなく、解体どころか、地震災害時にはアスベスト建材を使用した建物の倒壊が強く予想されます。建物が崩壊すれば、アスベストの粉じんの飛散が懸念されます。震災時のアスベスト対策は十分でしょうか、答弁をください。

 社会福祉事業団の非常勤職員割合増大についてです。

 御存じのとおり、県の指定出資法人は二十三あります。うち、社会福祉法人は一法人のみ、それが県社会福祉事業団です。事業の内容は、児童養護施設、知的障害児施設、重症心身障害児施設などです。十一の施設を受託経営、設置経営しています。二十三の法人の中で、他の法人と比べ、この社会福祉事業団の中に、実に特徴的なことがあります。それは、非常勤職員率が四四・一パーセント。五〇パーセントを突破している施設が四か所もあるということです。県事業団の事業報告書には、施設の事業を遂行するために四百八十人が業務に従事したと書かれています。しかし、実は職員四百八十人だけでなく、現在、非常勤職員四百五十二人も事業遂行を支えています。つまり、役員、正規、非正規の三種の職員でこの社会福祉事業団の業務は遂行されているのです。

 この三つの職種を、二十年度決算ですが、平均年収から見てみましょう。役員約一千二百二十一万円、常勤約五百三十九万八千円、非常勤二百八万八千円。また、給料とは別に手当として総額九億六千四百五十三万円が役員と常勤職員に支払われています。非常勤には幾つかの手当しかありません。そういったことが影響していることが明白ですが、二十二年度退職者、非常勤四十四名、二十一年度七十七人、二十年度八十二人、三年間で累計二百三名、非常勤職員の方々が職から離れたことになります。非常勤の半数が三年で入れ替わったことになります。「きめ細かな支援を提供する」と県の指導書に書いてあります。半分は非常勤で、しかも三年でその半分が退職。これで、経験を有するきめ細かな支援ができるのかと思われます。経験が蓄積されていないという視点から見ると、極めて致命的ではないでしょうか。こういった非常勤の増大、退職者の高い割合という現状について、福祉部長から認識を答弁してください。また、非常勤職員の退職を防ぎ、モチベーションを高めるために、新たな手当を設けるなど処遇の改善を図ることができないか、併せて部長から答弁ください。さらに、非常勤職員から常勤職員への希望者登用の道を今もやられているようですけれども、もっと拡大できないか、これも答弁ください。

 質問の最後になりました。県有財産の有効活用についてでございます。

 埼玉県労働会館は、昭和三十年、寄居町から現在のさいたま市浦和区常盤九丁目に移転されました。昭和四十年に今の建物、鉄筋コンクリート造り地下一階地上九階が完成しました。議員各位御案内のとおり、二十一年六月定例県議会で上程された議案、埼玉県労働会館条例を廃止する条例では、賛成多数で可決されました。県議会の条例可決、指定管理期間の終了、関係機関との調整の終了を経て、四十三年間の歴史に幕が閉じられました。現在、人々の出入りが途絶え、建物だけが寂しく建っているのが状況です。

 浦和区選出の県会議員として、浦和区の県有施設はこれまで何件か、時代の要請、使命を終えたとされ、売却された歴史と現実があることは知っています。私は、これらは一等地にあることから、当該市さいたま市が買受けに応じることは手をこまねかざるを得ない状況があることと思っています。都市計画上、建物解体込みで県の一般競争入札に出せば、資金力を持つゼネコンが落札することは火を見るより明らかです。ですから、県有財産は、売却されればマンションなど収益性の高い物件に変わってしまうはずです。

 上田清司知事からさいたま市長に出された「埼玉県が所有する未利用財産に係る買受希望等について(照会)」という文書がここにあります。この中には、「県有地の売却を予定しています。県の処分方針に基づき、地元市町村の公共利用を優先するため、貴市における買受希望等の有無を確認させていただきます」と書かれています。しかし、私が今申し上げましたように、買受けをしてもらうことは、体力がなくなっている市では到底無理ではないでしょうか。しばらくの間は借受けをしてもらう、また無償の貸与なども含めて、様々な特例を短い期間でもできないか。周辺市民の要望を受けた当該さいたま市の要望はどうなっていますか、県の立場はどうなっていますか、お答えをください。

 さて、浦和と県庁の関係です。浦和に県庁があり、県庁は浦和にずっとありました。共に生活し、共存してきた歴史がございます。なのに、浦和区民の生活の中に県庁がある実感がございません。できれば、浦和と県庁が共存できる関係にできないか、長い間の浦和区民の望みでございます。何か身近に感じられ、にぎわいを創出でき、気軽に県庁を訪れられる環境をつくってもらえないものか、当該部長、答弁をお願いします。

 以上で私からの一般質問はすべて終了いたしました。御清聴ありがとうございました。

◎上田清司知事 浅野目義英議員の御質問にお答えをします。

 まず、私の政治姿勢についてのお尋ねでございますが、ちょっと買いかぶり過ぎではないかと思いますが、地方六団体の動きも地方分権改革を進める上で大変重要になってきました。中でも全国知事会が、やはり発信力も一番大きいと私も思っておりますし、重要だと思っております。かつては要望団体でありました。で、問題指摘団体になってきました。最近では改革推進団体になって、そして最近ではさらに責任を分かち合おうという責任団体にもなろうという、そういう気運が出てきております。そういう中で、全国知事会の会長というのは大変重要な役割を果たしておられます。

 私は、一期目の終わりぐらいから少し関わっているんですけど、多くの方々が会長を補佐していろんな仕事をされております。会長としては、正に政府と粘り強い交渉をされておられますし、また、それを支えるべき国と地方との制度関係なんかも熟知しておられますし、また、全体のバランスなんかも大変しっかり見ておられた統率力を現会長は持っておられます。そういう現会長に代わり得るような人たちは、今知事会の中でも数名、私はおられるというふうに思っておりますので、そうした方々に担っていただくものではないかと思うところです。

 次に、全国で歌われている「旅立ちの日に」を作詞された、故・小嶋登先生の功績を称え顕彰しようということについてであります。

 私も、この歌のすばらしさというのはよく知っておりましたが、お亡くなりになったことも知っておりましたけれども、これを顕彰することについては、正直言ってぼーっとしておりまして、誠に申し訳なかったなというふうに思っております。これだけすばらしい歌を作詞され、そしてまた高橋浩美先生、作曲をなされた方も現にいらっしゃるわけでありますし、また、秩父市が顕彰もされている、国もされていると。埼玉県だけがぼーっとしているのもいかがかなと、このような問題指摘、正にそのとおりだというふうに思っております。そういう意味で、どういう形で顕彰したらいいか、しっかりこれは検討した上で、しかるべき顕彰なり表彰なりをしたい、このように私自身は思っております。

 最後に、ものづくりの技術を伝えていくためにのうち、技能五輪全国大会出場選手への支援についてでございますが、若手技能者がこの技能五輪で大変すばらしい成果を上げておられます。毎年、私もその成果の報告会に出席をして、具体的に何時間でこれを作るんだとか、そして作ったものの展示とかも含めて、私もよく話を聞いていて、すごい技能だなというふうに思って、本当に若い方々の技術、能力をですね、本当にすばらしいものだというふうに思っております。

 ゆえに、こうした若い技術者をきちっと育てる仕組みというのがないと大変なことになる。幸い、今各組合であるとか団体であるとか、あるいは企業であるという、こうしたところがそれをバックアップしておりますけれども、こうしたバックアップだけに頼ることなく、職業能力開発協会と県が何らかの形でいろんな形で支援をする仕組みをですね、もちろんこれは開発協会の方からいろんな要請もあると思いますから、そうした要請を踏まえてオーダーメイドで、場合によってはしっかり支援をしなくてはいけないなというふうに思っております。

 それから、技能五輪全国大会の埼玉県への誘致についてでございますが、これも私は、比較的埼玉で全国大会をやりたいという話があるときには、主管団体というんでしょうか、そこが比較的熱心に取り組みたいと言えば、受ける努力をしようということを意識しております。したがって、職業能力開発協会そのものが、基本的にはやっぱり主管団体になっていくと思っていますので、こちらが受けるよと、いいですかというお話があれば、私は応援しましょうという形でその要請を受け入れていきたいなという、そういう考え方を持っておりますので、要請があれば、当然検討課題として受け止めていきたいというふうに申し上げたいと思っております。

 以上です。

◎前島富雄教育長 御質問二、全国で歌われている「旅立ちの日に」を作詞された、故・小嶋登先生の功績を称え顕彰しようについてお答えを申し上げます。

 小嶋登先生は、昭和二十五年に教職に就かれて以来、高い教育的識見と強い信念、情熱を持って、四十年の長きにわたり中学生の指導に当たられました。そして、他の教員に範を示してくださいました。生徒指導面でもその力量を遺憾なく発揮され、最後の勤務校であった秩父市立影森中学校では、音楽を通して学校を活気づかせる取組を熱心に進められ、生徒に幾多の感動をもたらしてくださいました。

 議員お話しのとおり、そうした活動の中で生まれた「旅立ちの日に」は、マスコミでも度々取り上げられるなど、今や卒業式で歌われる歌の定番として全国的に広がっているところでございます。また、先ほど議員のお話にもありましたように、中学校の音楽の教科書でも紹介されており、生徒をはじめ教員、保護者の皆様の間で親しまれているものと理解しております。歌詞を見ましても、「勇気を翼に込めて希望の風に乗り」や「飛び立とう未来信じて」といった内容が、歌う者、聴く者の胸に強く響き、明日への希望を与えてくれることが、広く愛されている要因であると思います。

 小嶋先生におかれましては、惜しくもこの一月に御逝去されましたが、先生が残された功績、世に送り出されたすばらしい歌は、長く私どもの心の中に残るものと確信しております。「旅立ちの日に」のタイトルのとおり、正に埼玉から全国に旅立っていったこの歌を歌い継いでいくことが、小嶋先生への最大の賞賛であると考えます。県教育委員会といたしましても、作曲者である高橋浩美教諭とともに顕彰の機会を検討してまいりたいと存じます。

◎星野弘志環境部長 御質問四、アスベスト対策についてお答えを申し上げます。

 まず、再生砕石のアスベスト含有建材の混入問題の原因についてでございます。

 浦和青年の家跡地については、混入問題が発覚した一昨年の時点で、再生砕石が搬入された時点から既に二年以上が経過している中で可能な調査を実施いたしましたが、原因の特定はできなかったことをお答えをしたところでございます。同時に、アスベストを含む建材が発見されたという事実を踏まえ、関係事業者への指導を強化するとの答弁もさせていただきました。

 これを受けまして、石綿対策推進本部環境対策部会を開催し、強化策の検討を行い、解体現場への立入検査などの強化や関係団体に対する文書指導を行うとともに、アスベスト含有建材の適正処理についての講習会の開催などを実施してまいりました。指導強化の一環として、昨年六月から、県が所管する再生砕石製造事業所全八十か所を対象に立入検査を行ったところです。

 こうした指導強化の途上で、昨年の夏には複数の県管理地において再生砕石中にアスベスト含有建材の混入が確認をされました。また、再生砕石製造事業所の立入検査においても、十三か所からアスベスト含有建材の混入が確認をされました。これらのことを考え合わせますと、再生砕石製造事業所でのアスベスト含有建材の混入の原因は、解体現場での分別や再生砕石製造事業所での確認が全ての事業所までには徹底されていなかったことであると考えられます。再生砕石を敷いた現場での混入の原因は、こうした再生砕石製造事業所から搬入された可能性が高いと推測できます。県といたしましては、このような事態は、安心で安全な循環型社会づくりを進める上で重大な問題であると受け止めており、これまで以上にアスベスト対策の強化を図る必要があると認識しております。

 このため、これまで実施してきた対策の一層の徹底を図りますとともに、関係業界に働き掛け、解体現場や再生砕石製造事業所における自主的な取組を図る管理マニュアルづくりを進めているところでございます。こうした取組によりまして、再生砕石へのアスベスト混入防止対策の徹底を図ってまいります。

 次に、アスベスト含有建材が混入された再生砕石撤去に係る指針などについてでございますが、撤去を行うかどうかの判断基準を示す指針等は現在ございません。一般に、環境中の有害物質の健康への影響の判断基準といたしましては、国が内外の知見を結集いたしまして環境基準を設定をしております。しかし、アスベストについてはこの基準が設定されていないため、県ではその設定を国に要望しているところでございます。このため、現状では、再生砕石中にアスベスト含有建材が混入している現場でアスベストの飛散を把握するため、現場周辺の大気環境中のアスベスト濃度の測定を行い、その値が平均的な大気中の濃度と変わらないことを確認することで判断をしております。これまでの九か所の調査では、いずれも平均的な大気中の濃度と変わらない結果でございました。こうした確認を経た後、各現場の管理者に対し、その場所の使用形態や周辺状況などに応じた対応を指導しているところでございます。今後とも国に対し、明確な基準の設定を強く要望してまいります。

 次に、震災時のアスベスト対策についてでございます。

 埼玉県地域防災計画では、震災時に倒壊した建物などの廃棄物処理については、県が広域的な調整などを行いつつ、市町村が対応することとなっております。アスベストを含む有害廃棄物についても、市町村は適正な処置に努めなければならないことが定められております。このため県では、環境省が作成いたしました「災害時における石綿飛散防止に係る取扱マニュアル」を市町村に送付し、震災廃棄物の処理におけるアスベスト飛散防止の対応方法について周知を図っているところでございます。今後も市町村廃棄物担当者会議などにおきまして、アスベストの飛散防止対策の徹底を図ってまいります。

 また、実際の作業に当たる解体事業者などに対しましても、関係法令や災害時の取扱いマニュアルを踏まえ、倒壊した建物の解体におけるアスベスト飛散防止に係る事前調査の実施や作業基準の遵守などを指導してまいります。今後とも、震災はいつ起きてもおかしくないということを十分に認識し、平時の備えの一層の充実に努めてまいります。

◎武島裕福祉部長 御質問五、社会福祉事業団における非常勤職員についてお答えを申し上げます。

 まず、非常勤職員の増大、退職者の高い割合という現状についての認識についてでございます。

 現在、埼玉県社会福祉事業団の職員数は、常勤職員四百七十九人、非常勤職員三百七十八人であり、その割合はおおむね六対四となっております。事業団は、県出資法人の社会福祉法人であっても、採算性を重視し、効率的な施設運営を目指すことが求められております。そのため、常勤職員が担うべき業務と非常勤職員の行える業務を明確に区分し、中枢的な業務には常勤職員を充て、その他の業務については非常勤職員が担うことといたしました。

 一方では、事業団の施設は、他の民間施設では受入れが困難な重度の障害者や被虐待児童を受け入れているため、法令上の配置基準を大幅に上回る約一・六倍の職員を配置しております。事業団の非常勤職員の退職者の割合は、平成十九年度から二十一年度の三年間の平均は一七パーセントで、県内民間施設の二二パーセントよりも低い状況です。県といたしましては、今後も常勤、非常勤の比率六対四を維持するとともに、非常勤職員の定着に更に努力し、質の高いサービスを提供するよう事業団をしっかりと指導してまいります。

 次に、非常勤職員の新たな手当などの処遇改善を図ることを検討できないかについてでございます。

 事業団では、非常勤職員に常勤職員と同様の通勤手当や変則勤務手当など五つの手当を支給しております。これに加え、非常勤職員の業務内容や勤務年数に応じた昇給制度も設けております。また、常勤職員と同様に施設内保育所や職員宿舎の利用を認めるとともに、産休、育休制度を設けるなど福利厚生面にも配慮しております。今後も非常勤職員の処遇を更に改善することにつきましては、他県の事業団や民間施設の状況を早急に調査し検討するよう、事業団を指導してまいります。

 次に、非常勤職員から常勤職員への登用の道を拡大できないかについてでございます。

 事業団では、平成十七年度から、意欲と能力のある非常勤職員を常勤職員に登用するための制度を設け、現在までに七十八人を採用いたしました。今後も非常勤職員のモチベーションを高めていくため、常勤職員に積極的に登用するよう事業団を指導してまいります。

◎村田俊彦総務部長 御質問六、県有財産の有効活用についてお答えを申し上げます。

 まず、()浦和区内の県有施設廃止後の地元利用についてでございますが、県有資産の利活用については、平成十八年度に県有資産マネジメント会議を設置し、全庁を挙げて「県有資産まるごと改革」に取り組んでおります。未利用県有地については、全庁的に利活用を検討した上で、県として当面の利活用のない場合には、地元市町村や国に対して利用希望を伺うなど、公共的利用を最優先といたしております。公共的利用が見込めない場合の民間への売却につきましては、県議会決算特別委員会の御指摘を踏まえ、極力地域の活性化の観点と将来的な展望を見据えながら、慎重に進めております。

 労働会館につきましては、庁内での利活用の希望がないため、地元市であるさいたま市に対し利用希望を照会しましたところ、平成二十二年三月に利用希望はない旨回答を得ており、その後、市からの要望は受けておりません。しかしながら、地域住民の方からさいたま市に、コミュニティ施設として活用したいとの要望が寄せられたと伺っていることから、県といたしましても、現在、市における検討状況を見守っているところです。

 なお、借受けなどの特例を考えたらどうかとのお話でございますが、県では、市町村の公共利用に対しまして、取得のための予算措置ができるまでの間貸し付ける等の取扱いをしている例もございます。したがいまして、仮にさいたま市から労働会館を地域住民のために活用したいという申出があれば、将来的には取得していただくことを前提に施設の貸付条件等について市と協議するなど、適切に対応してまいりたいと考えております。

 次に、()県庁舎敷地の地元利用についてでございます。

 地域の方々に県庁を身近に感じていただき、気軽に訪ねていただくことは、県庁の役割や仕事を知っていただくために必要なことと考えております。県庁舎につきましては、平成二十年度から耐震改修工事を実施しており、老朽化により解体することとしている車庫二棟の跡地には、県民の憩いとくつろぎの空間となる芝生や植栽による広場整備を計画いたしております。整備区域は六千四百平方メートルほどになります。この広場は多目的な活用を想定しておりまして、例えば県産農産物や花植木等の展示販売といった小規模なイベントにも活用できるように衛生会館と一体的に整備し、平成二十四年度の利用開始を目指しております。議員御提案の県庁舎敷地の地元利用につきましては、この空間を地域の憩いの場として活用いただくことで対応してまいりたいと考えております。地元浦和区周辺にお住まいの方々をはじめ、多くの来庁される県民の方々に快適な空間を提供し、県庁を身近に感じていただきたいと考えております。